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大阪地方裁判所 昭和29年(タ)18号 判決

本訴 昭和29(タ)18号

反訴 昭和29(タ)79号

原告 (反訴被告)萩原公

被告 (反訴原告)萩原好子

主文

原告(反訴被告)の請求を棄却する。

被告(反訴原告)と原告(反訴被告)と離婚する。

原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し金十万円を支払うことを命ずる。

被告(反訴原告)その余の請求を棄却する。

原告(反訴被告)被告(反訴原告)間の子、長女和子、次女敬子、長男豊仁の親権者を原告(反訴被告)と定める。

訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

先ず本訴請求について判断すると成立に争のない甲第一号証と被告本人訊問の結果によると原告と被告とは昭和二十年二月三日結婚式を挙げ同二十二年六月二十五日婚姻の届出をなし同二十七年十二月中旬頃迄原告の両親の許で生活を続けその間長女和子(昭和二十二年六月十六日生)次女敬子(同二十四年四月二十日生)長男豊仁(同二十七年一月一日生)が出生したことは明かであり成立に争のない甲第一号証第三号証の一と証人藤田美知栄同河合藤吉同宮浦常吉同宮浦徳松同池田一三の各証言と証人萩原竹三郎の証言(第二回)の一部と被告本人訊問の結果を綜合すれば結婚式後被告持参の婚礼衣裳中に見せ衣裳があり被告方で之を持皈つた事実があつたことから原告の両親より仲人である藤田美知栄等に対して不満の意が表されたことがあつたが、同人等の取りなしにより円満におさまつたところその後も被告と原告の両親の折合が良くなく或時は離婚の話も出たことがあり被告も亦原告の母の態度に耐えかねてその実家に皈る如きことも再度ならずありその都度仲人である前記藤田が両者の仲をとりなし或は被告の両親等が被告を諭して原告方に皈らしていたこと、被告には水晶体偏位を伴う先天的眼疾があり結婚当時は近視程度の視力でその後も視力障碍は漸次進行していたが眼鏡による視力矯正は可能で日常の家事にも差支えはなかつた為被告としてもかかる先天的眼疾があるとは自覚せず原告及び原告の両親も勿論之に気付くことなく日を送るうち偶々昭和二十七年十一月下旬頃些細なことで原告と喧嘩になり原告より右眼の瞼の上を二、三度叩かれた後は急激な視力の減退を自覚した為原告の勧めにより大阪市立大学病院で診察を求めたところその右眼は水晶体偏位症裸眼視力〇・〇四矯正視力〇・一左眼は無水晶体症裸眼視力手動三〇糎視力矯正不能でその原因は先天性であるとの診断をうけたこと。右診断により原告及び原告両親は被告が失明同様の症状にあり且その原因が先天的のものであることを始めて知るに及び離婚の意を決し被告に対しては実家に皈り養生する様勧めて被告を実家に皈らせ他方媒酌人であつた前記藤田を介して被告との離婚の話をすすめたが被告の両親は被告の実家の費用で女中をつけて家事にあたらせるからとて婚姻の継続を懇望し被告亦離婚の申出につき承諾を与えなかつたところ原告は被告の署名捺印を冒用して擅に協議離婚届を作成し被告不知の間に同二十八年一月十二日届出を了したこと。被告はその後程なく右事実を知るに及び被告訴訟代理人岡利夫を通じ告訴の意思がある旨を告げたこと被告は右の如き原告の態度と後記認定の如き従来からの原告の両親の仕打ちから考えて現在は最早原告との婚姻を継続する意思はないことが認められる。右認定に牴触する証人萩原竹三郎の証言原告本人訊問の結果は措置し難い。

ところで離婚原因をなす婚姻を継続し難い重大な事由とは民法第七百七十条第一号乃至第四号に列挙する通り社会通念に照し配偶者に婚姻生活の継続を強いることが苛酷であると認められる程度に婚姻が破綻された場合を指称するものと解すべきところ前認定の見せ衣裳を持ち皈つた事実の如きは離婚原因として問題とするに足りないことは勿論であり、被告がその先天的疾病から失明同然の状況に立至つたこと自体も同法第七百七十条第一項第四号が強度の精神病にかかり回復の見込がないときと規定するところと比較すれば未だそれ自体を以て婚姻を継続し難い重大な事由とは認め難いし、被告訴訟代理人を通じ告訴する旨の意向が示されたことも離婚届が被告の署名捺印を冒用して作成されたものである以上告訴の内容をなす事実が存在するものであるから之を目して原告に対する重大な侮辱とすることは出来ないし又被告が現在婚姻を継続する意思を有しないこともその意思決定は原告及び原告の両親の態度からして最早婚姻を継続する意思を喪失したものであつて前記民法の規定は相手方の有責行為を要件とするものでないとはいへかかる場合に迄被告に婚姻を継続する意思がないからと云つて離婚の訴の原因とすることは信義則に反するから之を以て婚姻を継続し難い重大な事由とすることは到底出来ない。

原告は婚姻を継続し難い重大な事由として被告の強情な性格からする原告及びその両親に対する反抗的態度と被告の原告の両親に対する孝養心の欠如原告に対する冷淡な態度子供に対する愛情と養育に対する関心のないことと家計処理能力の不足をあげ証人萩原竹三郎原告本人訊問の結果によると右主張に符合する如き事実が存した旨の供述が存するが証人藤田美知栄同宮浦徳松同宮浦常吉の証言と被告本人訊問の結果を綜合して考えると右の如き被告の行為があつたとしてもそれは妻として至らない点があつたと云う程度に過ぎず原告竝びにその両親の適切なる指導を以てすれば容易に是正し得べきことであつたに拘らず却つて原告の母は些細なことに口喧しく被告にあたり原告も亦母の態度に盲従し、進んで被告を庇護することのなかつた結果起つたものと認めるのが相当であり離婚原因とすることは出来ない。

然らば以上に認定した各事由の全て参酌して考えても未だ原告の請求を容認し離婚原因が存在するものとすることは出来ないから原告の本訴請求は失当として棄却すべきものである。

次に被告の反訴請求について判断すると原告が昭和二十七年十一月下旬些細なことで被告の右眼の瞼の上を二、三度叩いた後被告は急激な視力減退を自覚し大阪市立大学病院で診断を受けた結果その視力が失明同様のものであることが判明したことは本訴請求に対する判断として認定したところであるが成立に争のない乙第一号証証人中尾主一同池田一三の各証言によつても右暴行の結果特発性水晶体脱臼症を来したものと確認することは出来ないし、仮令右暴行が誘因をなしたものとするも被告の水晶体繊維は特異性を有し軽い打撃を受けるときは水晶体が容易に脱臼する状況にあつたことが窺われるから原告の暴行と被告の視力障碍との間には相当因果関係はないと認めるのが相当であり且左眼が殆ど視力が喪失していることについては之が暴行の結果起つたものとする証拠はない。してみれば原告は傷害の責任を問われるものでなく又原告の右暴行も右の場合を除いてなかつたことは被告本人も認めるところであるから右の暴行を目して被告に望むに同居の継続を以てすることが出来ない結果を伴う虐待行為とすることが出来ないことはもとよりである。然しながら被告が失明同様であるとの診断をうけるや原告は被告を療養に名を藉りて実家に帰し媒酌人藤田を介して離婚の申出をなし被告の実家よりの費用を以て女中をつけるとの申出があつたのに拘らず被告の承諾を得ることなく被告の署名捺印を冒用して離婚届を作成し之が届出を了したこと、原告の母の被告に対する日頃の態度は冷酷なものがあり原告は全て両親の意見に従い被告を庇う風がなかつたことは本訴に対する判断としてさきに認定した通りである。

右の如き原告の母の冷淡な態度と更に原告が両親の態度を是正するどころか、なすがままにまかせ剰え被告が失明同様の状況にあることが判明するや被告に対し看護の責すら尽さず被告の承諾もなく離婚の届出を了し現在婚姻を継続する意思がないことを表示しているが如きは精神的手段に基く虐待との法的評価を許し得るか否かはしばらくおくとして之等の事実の存在は少くとも被告に婚姻の継続を強いることが盲人同様の状況にある被告の人格を無視しその犠牲に於て婚姻の継続を強いる結果となり婚姻を継続し難い重大な事由に該当するものとするのが相当である。

以上認定の如く離婚原因が原告にある以上夫婦間の共同生活を違法に破壊したものとして原告は之より生ずる被告の精神的苦痛を慰藉する義務があるものと云うべく被告が離婚により精神的苦痛を蒙ることは前認定の事実より容易に窺知することができ原告は之に対し相当の慰藉を為すべき義務あること勿論で証人宮浦常吉の証言と原被告本人訊問の結果によれば原告は税務官吏であり原告の父は借家三軒を所有し被告は技芸女学校出身でその実家は自転車部品製造業をなし両者の結婚生活は八年に及んでいたこと等諸般の事情を斟酌しその慰藉料は十万円を相当と認める。

仍て被告の反訴請求は右の限度で正当として認容しその余は失当として棄却することとし尚長女和子次女敬子長男豊仁の三子は現に原告の手許にあつて養育されていること被告が盲目同然の状況にあり長女次女はいずれも視力障碍が存しその監護養育の困難が予想されること等を考慮し父たる原告をして親権を行使させることが相当と解せられるから民法第八百十九条人事訴訟手続法第十五条により長女和子次女敬子長男豊仁の親権者を原告と指定し訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 藤城虎雄 裁判官 松浦豊久 藤井正雄)

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